太鼓館

太鼓台タイムマシン川西

 

●「月刊タウン情報にいはま10月特大号」(昭和54年;AP企画発行、後すぐに廃刊)という小冊子に、当時太鼓台を運営していた自治会の地元太鼓台に関する400字ぐらいのコメントが載っておりました。これはそのレプリカです。コメントを尊重して、明らかに誤述と思われる記載もそのままにしてあります。

 

西原

 ハッピ…水色
 ハチ巻…

●西原太鼓台は、かねてからの念願でありました太鼓台新調を、昨年、3年がかりで果たしました。
●約50年前に、当時の青年団長故明星重三氏を中心に新調して以来のことだけに、新調時自治会長加藤勝重氏をはじめ、我々の喜びは言葉に表せないものでした。
●西原地区は、350戸余りという小部落ですので、住民各位の負担は非常なものだったのですが住民の皆様方、住友各社の手厚いご協力により、2,300万円もの経費をかけて新調することができました。幕にしましても、他地区の太鼓台と違い、全て昔通りの御殿を形作っています。
●町内一体となってのチームワークの良さが、最大の長所です。当太鼓台は、かねてから平和運行をモットーにしておりまして、昨年はちょっとした小ぜりあいがありましたが、これからも平和運行につとめ、明るく楽しい太鼓祭りが盛大に続きますよう心から念じております。

中須賀

 ハッピ…アズキ地にのヌキ
 ハチ巻…地にアイぞめ

●当太鼓台は、いくどか改造し現在のものになりましたが以前のものはもっと小さく飾りも少なく〆などは帯にシシュウした程度のものでしたが、改造ごとに大きく立派になって今では金糸銀糸をまとい〆は男と女を表わした昇竜、下竜、上幕は寺社を下幕は竜をと豪華になり房は白、天幕は白、赤、水色の3色で千鳥ごうしに、まことにすばらしいものです。
●アズキ地に白で錨と稲穂をそめぬき袖には波をそめぬいたハッピをきて150人のかき夫がかく太鼓台は、浜の太鼓らしく勇壮で男祭にふさわしいものです。
●新居浜太鼓祭は喧嘩祭とも言われ毎年太鼓台の宮入の先をきそっての喧嘩がありましたが今は平和運行をモットーに運行しております。

西町

 ハッピ…
 ハチ巻…豆しぼり

●この6〜7年は、川西地区で喧嘩らしい喧嘩もないため、観客もかなり少なくなりました。というのは上部や川東の人達がどうせ喧嘩がないのならと、地元の太鼓台を見てすます人が多くなったからなんです。
●しかし、去年は少しこぜりあいがありましたから、又人も多く集まるかもしれませんね。
●昔の祭りは、川東・川西・上部地区と分かれていましたので、親戚の家へ行ったり、会社の同僚の所へ招かれたりで、楽しいまつりの雰囲気がでていました。
●現在は統合になってしまったので、そういう良い習慣がなくなってしまって残念です。
●新居浜の場合は、盆や正月に帰らない家族でも、祭りには帰ってくる。それくらい好きな人が多い祭りですからね、統合などしないほうが、昔のように楽しい祭りができて良いと思います。
●とにかく、豪華絢爛で勇壮な新居浜祭りが、いつまでも続いて欲しいと思います。

江口

 ハッピ…ブルー地にの襟
 ハチ巻…地にグリーンの端

●当江口太鼓台は、金糸銀糸の飾りが明治26年ごろからつけられそれまでは上幕もなくすだれと提灯をつけていた、ふとんじめは日清戦争後に新造したが、最初は木綿地にシシュウしたもので太鼓台はもっと小さいものでした。幕のもとの絵は片上次郎左エ門と云う絵師がかいたときいております。
●当太鼓台は、一宮の氏子ですので毎年、16日には氏神様をおむかえし、18日の宮入までの祭の3日間、人々の協力により太鼓台を運行し神を敬っておりますが、以前は喧嘩がつきものでありましたがちかごろでは平和運行をモットーに宮入をおこない勇壮なかきくらべで、きそいあっております。

新田

 ハッピ…地にの菊水の紋
 ハチ巻…茶色

●秋の訪れとともにやってくる太鼓祭りは、新居浜最大の名物であります。市内には30数台の太鼓台がありますが、最近は20数台しか出ていません。
●現在、日程的には全て同じですが、行動は上部・川東・川西地区に分かれています。
●新田太鼓台は川西地区にあり、川西には8台の太鼓台があります。
●終戦後、24年頃までは「ケンカ」太鼓でしたが、その後は平和運行を第一に徹しています。30年余りの現在まで、平和運行を実行している太鼓台です。平和運行の太鼓台として、他の7台の太鼓台より愛され、信頼を受け、平和運行に努めております。
●最近は、ハッピ・ハチ巻きもそろえ、美しくかつ力強く担ぐことを心がけています。また、担夫の数も年々多くなり、非常に喜ばしく思っております。
●今年も新田太鼓台は、町民が一体となり力を合わせて平和運行に徹し、皆様に見せる楽しい秋祭りにしてゆきたいと思っています。

久保田

 ハッピ…水色
 ハチ巻…ピンクの水玉

●久保田太鼓台の現太鼓台の幕飾りは、昭和43年から47年にかけて、淡路島におられる太鼓台一筋の人間国宝として有名な梶内氏によって新調なったものです。太陽を表現する天幕。雲を形どる4つの黒いククリ、その両の8本の房(1,300本の絹糸の手作り品です)。空に向って駆け登ろうとする8枚龍の布団〆、上幕・下幕の御殿・飛龍・鷲・獅子の図柄は、最高の本金の金糸で描き出されています。
●百年ほど前までは、幕の形も多少小さく、下幕は三角布団であり、車は木製であったと聞いております。組み立ても、昭和30年頃までは「カヅラ」でしていたが、材料が少なくなり、現在では麻ロープを使用しています。
●昔から、「かつぎ上手の久保田」と言われてまして、昭和50年にはかきくらべで優勝したほか、毎年上位入賞を果たしております。これは、町内が老いも若きも一丸となって平和運行に徹し、神社奉納を全うしようという意気ごみからであると思います。

東町

 ハッピ…グリーン
 ハチ巻…グリーン

●現在の東町太鼓台は昭和41年に新調されたものです。現在蒲団〆8枚を製作中で、来年10月には完成され、新装の東町太鼓台を披露できる予定です。当太鼓台は約15年前に兵庫県の宝塚市で開かれた西日本博覧会にも出場いたしました。
●担夫の人は港町を主力にしまして、若水町・新須賀町・菊本町の旧東町勢の方々です。
●昔は、新居浜祭りといえば喧嘩で有名でしたが、その中でも当太鼓台は「ケンカ太鼓」として鳴らしました。
●現在は平和運行を旨といたしまして、昔ながらの剛気さを保ったまま、勇壮な担きっぷりを売り物として行動しております。
●昨年のかきくらべでは、念願の金龍賞(第1位)を獲得いたしました。本年も連続獲得を狙いたく気勢をあげております。
●太鼓台を中心にいたしまして、地域住民が一体となっての、平和で楽しい祭りが、本年もおこなわれるよう念じております。

大江

 ハッピ…色に黒襟
 ハチ巻…地に、でネーム

●昔は、大江と東須賀にそれぞれ太鼓台があったのだが、或る年観音堂のあたりで両者の大喧嘩があり、そのため同じ漁業者でありながら沖の漁場に迄喧嘩が持ちこされ、また中には太鼓の喧嘩が原因で離婚になることさえもあった。そこで両部落の幹部が協議の末、東須賀と大江の太鼓を合同して1台にしたのであった。
●現在の大江太鼓台は、昭和4410月に高木氏によって新しく作られたものです。
●天幟は、赤・白・ブルーの市松文。ふさは白。大江地区自慢の太鼓台です。
●大江太鼓台は、昔からかき手の気質が荒く、喧嘩が絶えなかったです。大江の青年は、漁によって腕をきたえていたので、太鼓台さし上げでも、妙技を披露したものでした。もちろん、その伝統は現在も続いています。
●大江地区は内海漁業で成りたっていたので、豊漁を願って、太鼓台を中心に、地区が一体となって祭りを盛り上げています。

 

太鼓館巻頭へ

432

終わり