太鼓館 西園寺穂純
プライベートルーム

西園寺穂純の新居浜太鼓祭り回想録昭和38年特別(3)

 

労災前統一行動終了後

 

●中日14日午前中の労災前統一行動終了後の模様です。澤津と町は沢津交差点まで仲良く並進して帰っていました。当時川東で並進できる箇所はここぐらいしか見当たりません。澤津も町もこの時代にしては法被が良く揃っています。町の法被は当時から水色ですが、裾の波の模様が今の物とは違います。

 

 

澤津太鼓台の拡大写真

 

●上の澤津太鼓台を拡大してみました。重の旗が括りに乗ってしまうほど離れて着けられています。字は分かりません。布団締めはなかなかの迫力です。指揮者の腰から色布が下げられていますが、青年団幹部を見分けるための目印ではないでしょうか。

 

 

 

●先代澤津太鼓台の真骨頂は上水引と高欄幕との間が10センチメートルほど開いていて、その隙間から四本柱に巻きつけた一枚ものの水引幕がチラリと顔を覗かせるという古式の飾り方が最近まで保持されていたことでした。これを二重面(にじゅうめん)と称していましたが、この拡大写真で辛うじて確認することが出来ます。この水引幕は緋色地に程良く金糸刺繍が施されたものでした。

 

●上水引は御殿物の続き幕(一枚もの?)のようです。高欄幕は獅子もののようです。側面は連獅子かと思います。房の下げ方が今とは違うようです。

 

 

(011003新規上梓)

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