太鼓館 西園寺穂純
プライベートルーム

西園寺穂純の新居浜太鼓祭り回想録昭和38年特別(1)

 

 

●西園寺穂純の父親は普通のサラリーマンでしたが、映画・和楽器・書道などに幅広い趣味を持ち、写真も得意としておりました。殊にカラー写真には他の人に先駆け早い時期から取り組んでいました。カラー写真は昭和45年大阪万博ごろからやっと一般にも普及するようになりましたが、それまでは大変高価な物でした。平成13年正月にそれらの写真を探しましたところ、何と昭和38年の祭礼風景(もちろん八旛さん中心)のスライドネガが見つかりました。スライドネガの箱には「1963年 小学2年生」と朱書きされています。これを新たにプリントし直しますと、当時の画像がほとんど色落ちもしないまま見事に蘇りました。加えて、令和元年9月に当該プリントを高精度スキャナーで読み取り直ししますと、高画質画像を楽しむことが出来るようになりました。このシリーズではその写真集を統一行動進行順にお届けしたいと思います。全部で10葉くらいあります。

 

●当時の記憶を辛うじて掘り起こすことが出来る貴重な画像があります。しかし、この時代の写真は今と違って全て手動で、距離や露出の計算を少しでも間違うとペケになってしまったそうです。そんなペケ寸前の写真や保存キズのついてしまった写真もありますし、何と言いましても約55年前のものですからフィルム自体の感度も良くありませんので、物足りなさを感じるかも知れませんが、きっとお楽しみいただけると思います。

 

●西園寺穂純の父親は太鼓台にはそれほど興味が無かったようでして、残念ながら祭礼を撮影していたのはこの年のものだけでした。

 

 

労災前統一行動

 

●中日14日午前中の労災前統一行動の模様です。新高橋東詰め南側から撮影しています。太鼓台に列が出来ていますので、橋に整列する前の写真です。整列後ならばバラバラで帰りますので列が出来ません。

 

 

●写真での先頭は町、続いて宇高、田之上、本郷、山端のようです。町の名札に小さく「二」の文字がありますので奉納順(統一行動整理番号かも)が2番目だったことが読み取れます。「一」の澤津はもう新高橋にかかっているのでしょう。

 

●町の正面には2条の懸垂幕がかかっています。文字は時代を反映して「東京五輪」と「五穀豊年」です。この年が東京五輪の年ではありません。来年の昭和391010日が東京五輪開会式ですが、1年以上も前から国民的行事としてPRされていた模様です。

 

●後方の太鼓台部分を拡大すると、宇高の懸垂幕は「平和の祭典」と読めます。天幕に緑色があり、房には淡青色です。

 

 

●次は赤白青の3色天幕ですので田之上でしょう。こちらも房は淡青色です。その次は天幕と重旗の特徴から本郷、更に次も天幕と重旗の特徴から山端でしょう。ラストには当時の並び順から判断して松神子ということになりますね。

 

 

(010925新規上梓)

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