太鼓館 西園寺穂純
プライベートルーム

西園寺穂純の新居浜太鼓祭り回想録(32)

 

 

平成2516()17()18() 松山C指4年目

 

●今年も中日と楽日の見学となりました。でも今年は本祭り前の9月29日(日)に松山堀之内の城山公園で大神輿総練(おおみこしそうねり)という催しに口屋太鼓台が参加するのです。これは見に行かない手はありません。当日お昼前から城山公園に行きました。家から僅か15分です。

 

●「本祭り前なので舁き夫の数が少ないのではないか」とか「上手に舁けないのではないか」などと内心は少し心配していたのですが、口屋太鼓台は演技もマナーも申し分なく、見事にその役目を果たしました。松山の大神輿もかなり大きくて立派なのですが、新居浜の太鼓台に登場されては、さすがに見る影もなく主役の座を譲っていました。

 

●西園寺穂純にとって口屋太鼓台を間近に見る機会はそう多くはありません。予てより口屋の重旗の文字を」確認したいと思っておりましたが、この目で「和協敬愛」と「大義凛然」、しかと読み留めました。満足だ、もう今年はこれだけで良いという気もしました。

 

 

 

 

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●さて今年は、本祭り前から金栄太鼓台の新営と宇高、西原の新調といった興味深い話題も多く、ネット上でも盛り上がっていました。また、喧嘩の噂も飛び交っていました。初日は事なきを得たようだが、中日はどうなることやら。

 

中日、例によって私は沢津のファミマ交差点付近からの参観だ。何台か居なくなっているのではないかと心配でしたが、ちゃんと宇高も浮島も町も居ます。良かった。でも行列は宇高の直後に浮島が居る。浮島は急接近や早太鼓を繰り返し挑発モードのようです。松の木自治会館、沢津自治会館と経路を辿り、労災前へ進みます。

 

●今年はオール川東統一行動として23年ぶりに河川敷公園に大集合です。下郷・又野・松神子運営委所属の3台先に河川敷公園に入り、西部の太鼓台は出場全台が新高橋に据えます。西部入場の後、川東委所属の6台が敷島橋方面から入場し完了という寸法でした。統一行動を行った場所は去年までの場所から南に整備された箇所でした。舁きくらべでは地元の澤津が格段に強く上手く第一位確実と思われましたがコンテスト結果の発表はありませんでした。この後、一悶着あるという噂でしたが、公園ではその様子もなく平穏に閉じました。

 

●午後は八旛神社付近から鳥端、法泉寺と来て山端広場へ進みます。広場でも揉め事もなく、江ノ口から多喜浜駅前へ、松神子自治会館近くでの花束贈呈では、花束だけではなく晴れ着を着た娘さん自身が贈呈されていた。駅前の舁きくらべでも澤津が強く放り上げが凄かった。その後、浮島が宇高を挑発したらしいが、既に私は帰途についていた。

 

楽日は昼下がりの八旛前です。西側から高津の太鼓が来ます。東側には浮島と垣生の太鼓がいます。宇高と浮島が直接対面しますが事無く過ぎ、浮島自治会館前での花束贈呈です。マイク氏は町太鼓台に「ご健闘を祈ります」などと言っています。果たして何を意味しているのでしょうか。

 

●太鼓列は浮島道を直進し、弁財天公園方面を目指しますが、今年は公園には行かず、町自治会館へ進行します。全台が町自治会館へ寄るのは近年久しぶりのような気がします。実に穏やかで平和的な雰囲気の秋祭り風情です。しかし、町太鼓台には大勢の警察官がついています。

 

●町自治会館を出た町太鼓台は、法泉寺方面に向かうはずのところ右折し八旛神社方面に進みます。次の本郷以降は法泉寺方面行きです。そうか、そうだったのか。やっぱりやるのか。町太鼓台は八旛裏から神社西側へ出て、神社正面で宮入に備える楠崎太鼓台と喧嘩するのだろう。既に、川東のうち多喜浜4台と田の上の計5台は宮に入っている。バス通り東側には下郷・又野・松神子運営委の3台が道を封じ、参道南には本郷らが回って来る段取りだろう。そうすると、楠崎の逃げ場がなくなり、喧嘩せざるを得なくなる。なるほど良く考えられた筋書きだ。そして各演者の協力がないと出来ないことである。

 

●周到に計画された筋書きだったが、予期せぬ出来事が生じてしまいました。何と、町太鼓台は八旛裏で路上駐車の車に阻まれて西へ進めません。

 

 

●そのため町は神社玉垣東側の浮側自治会館側から出て来ざるを得ませんでした。バス通り西側がガラ空きとなりました。熟考の果てでしょうが、結局、東側に西側に楠崎の戦いが展開されてしまいました。楠崎の本棒が1本折れたところで町が引き楠崎も追わなかったため終了しました。

 

●八旛神社統一行動は喧嘩など何事もなかったように進みます。下郷・又野・松神子運営委の3台に続いてやっと西部です。澤津の舁きと放り上げが期待されました。期待どおり期待以上の上出来でした。宇高と松乃木の演技も素晴らしく高津勢の実力を見せつけられました。

 

●本郷が入って浮島が本殿周りを完了すれば本年の祭礼も終了というところ、前代未聞の醜聞が発生してしまいました。浮島が宮入に向おうとスタートしたところ、何と宇高が突如飛び出し、南に向けて浮島に対峙しています。入場阻止どころか、南側へ押し込んで退却させています。もう日没の時間です。小雨ながらもその雨足も少し強くなって来ました。

 

●状況を再確認しましょう。小雨降るすっかり暗くなった境内で、今年新調した宇高がビニールさえかけないまま、浮島の宮入を阻止したうえバス通り南の参道にまで押し込んでいるのです。

 

●西園寺穂純は八旛祭礼が大好きで、もう何十年も見続け聞き続けてきました。太鼓台自らが宮入を放棄したり断念せざるを得なかったことは過去にも何回かありました。しかし、宮入しようとして運行所作をしている太鼓台を他が邪魔して宮入させなかったのは見たことも聞いたこともありません。もう少し見ていたかったが、何らの雨具を用意していなかったので八旛を後にした。

 

祭りビデオといえば、西園寺穂純は平成24年まで田川電業のビデオを愛用していて、昭和63年のものから買い続けた。比較的安価なのに加え、毎年必ず全太鼓台を平均的に収録してくれているので研究向けに最適だった。ところが、今年は売場に田川のビデオが見当たらないのだ。仕方がないので止む無く他社のものを買う。

 

●先ずは新調の感想です。

 

●宇高は重旗の文字が私の好みではなかった。先代の丸意匠も好きではなかったが、文字の金刺繍は特に好まない。ここは先々代の隷書字体の「宇高」と平仮名の「うたか(うだかではない)」に戻して欲しかったと思う。重旗は白抜きが美しい。

 

●何ということでしょう。西原の重旗は伝統の隷書体を捨てていた。これはいけません。生理的に受け付けません。重厚な隷書の2文字がデンデンと座っているからこそ西原なのです。2枚のうち1枚は帆立貝のようなデザインとなっている。この帆立マークは正面名札にも採用されていた。名札全体が金刺繍になっていた。新しいアイデアではあるが、上水引の金糸と同化してしまって字が読みにくいのが難点だ。名札は黒地か半紙に墨に限る。

 

●金栄は天幕が亀甲になっていた。市内唯一図柄で斬新であり苦心の跡が大いに伺えるが、白色と赤色の面積比が不釣合いではないかと思う。赤青白の3色の中須賀タイプにした方がより映えたと思う。

 

16日夕刻のM2大生院での中萩大生院の舁き競べでは、上原が上本郷に向いている。アナウンス氏の「上原さん、どちらへ〜」は近年秀逸の名文句だと思う。同刻のイオン夜太鼓では、新田の指揮者が懐かしの茶色法被で登場した。これぞ粋の極み、名人の心名人のみぞ知る。浮島の貫きが緑に戻されているのに気が付いた。現物も見ていたがその場では気づかなかった。

 

●川西では、中日午後から中須賀大江が喧嘩モードで対峙するも事には至らずであったが、このためか工場前統一行動は2台不参加の盛り下がりルック。そして、2台は18日早い時期に衝突している。

 

●他に、西原と新須賀、東浜と松乃木の小競り合いの様子が収録されていた。

 

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