太鼓館 西園寺穂純
プライベートルーム
西園寺穂純の新居浜太鼓祭り回想録(34b)

平成24年 16(火)17(水)18(木) 

●以下は、ビデオ観戦記であります。

●中日、午後からは激しい雨の中になり、当然のように各行事は中止となりました。が、山根グランドと多喜浜駅前は規模を縮小しながらも統一行動自体は強行したようです。この2箇所の統一行動については、これを当て込んだ新居浜太鼓祭り見学ツアーなどの商品が相当数販売されており、区々の考えがあったものと思います。

●昔と違って透明ビニール合羽の透過性能向上もあって、全く見せられないものではありませんが、「太鼓(台)と(プロ)野球は雨なら中止」という昔からの諦め文句も説得力大有りです。激しい雨の中での運行は、所作のしにくさ、低温によるかき夫の体力消耗、飾り類の湿り、泥はねなどマイナス要素が大きく、事故にも繋がりかねません。雨でも運行というかき夫の心意気を高く評価してもなおであります。

●楽日、川東の退社時、参道南側で差し上げていた東浜が落とした後北向いてやってくる。境内東側には町、西側には松乃木が鎮座しているが、松乃木に向けた。これは珍しいし普段の年なら面白い趣向だなとは思うが、今年は八旛内では挑発行為をとらないという確認事項があったのではなかったか。どう考えてもこれはいけません。

●続いて、松神子が自陣で挑発仕草を見せる。そんなもんじゃないだろう。この挑発しようとする行為、これこそがギャンブル。阿島はこの挑発行為を気にかけながらも大所高所からの視線から帰途につく。宮を後にする阿島の後ろ姿に自然と大拍手が湧き起こった。

楠崎は順番を無視してへ突進する。町も出てきたが奮戦場所が狛犬に近く危険だ。挑発や小競り合い目的ならばそろそろ引かないといけないが、楠崎の攻撃は執拗だ。更に、前棒を高く上げてのポジション取りは川西の太鼓台が採る戦法だ。

●残念ながらビデオではここまで。宮でこれだけ混乱させてしまったのだから、来年の川東3委の統一はおろか、合同かきくらべも事実上困難で、3委区域内限定行動とせざるを得ないだろう。

●川西では、船御幸後、東町が武装したまま西町を追わえ回し数回衝突させたが、その後太鼓ごと西町に占領され、鳴りもの太鼓損傷とのことです。

●江口の重の旗が金刺繍のものに変更されていました。白抜きこそが美しいと思うのです。

●以下は、運営委にお願いです。

●中日、山端東雲戦があったことについてマスコミから聞かれた川東西部運営委員長は、「ノーコメント」だと返答したようです。配下の太鼓台が不祥事を起こしたことに対し、責任ある立場にある者は、仮に嘘でも「種々の回避策を講じたが喧嘩が発生してしまった。遺憾です」といった趣旨のことを発言すべきで、ノーコメントとはかなり無責任と捉えられます。そればかりか、西部運営委は喧嘩を知っているのに知らん顔した、或いは支援した、又は増長させたのではないか、西部運営委は喧嘩に甘いという認識を持たれてしまったのではないかと大いに心配しています。

●八旛神社統一行動については、西園寺穂純は宮入り本殿回り拝殿前差し上げまでが神事だと考ええています。この神事が済むまでは他所の太鼓台に邪魔されないようにはならないものでしょうか。西部単独宮入りならばその心配は無いのですが、本年のように川東合同で、本氏子の太鼓台が宮入りするより先に氏子以外の太鼓台が宮に入っているのは氏子としてかなり違和感があります。仮に合同であっても昭和時代のように西部先入り後出しで進行するよう提案します。

●現在の八旛神社かきくらべは、宮入り本殿回りの最中の一部分を切り取ってコンテストとしていますが、本来この時間帯は神事中であります。神様に大変失礼な事をしているのではないでしょうか。かきくらべは神事以外のところですべきです。昔のように本殿回り後、東陣、西陣に並べた後、数台ごとに組み分けして実施して欲しいです。短パンの町、緑ジャージの本郷、紺シャツの山端の3台写真を再現したいです。

(241104新規上梓)
(241118新規上梓)

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