太鼓館 西園寺穂純
プライベートルーム
西園寺穂純の新居浜太鼓祭り回想録(33)

平成23年 16(日)17(月)18(火) 

●宿を出る。中日はやっぱり河川敷。町太鼓台をじっくり見る。既に話題の町ザイルは労災前で御披露済み。喧嘩も上手けりゃオチャラケも超一流、さすが我が町太鼓台、今年は余裕さえ感じる。注目は指揮者の襟文字だが、町太鼓団の文字がある。町自治会青年部ではなく、もちろん町青年団でもなく、町太鼓団なのだ。

●午後からは久しぶりの多喜浜駅前交差点に来てみた。川東運営委所属6台が入場し演技した後東側に位置すると、運営委車両2両が横着けされた。無粋極まりない姿だが、無防備が良くないことは一昨日実証済みである。

●永久堂前特等席にはお馴染み?の面々が勢ぞろい。この人たちがかきくらべの審査をしているのだろうか。誰がどこに何点付けたのかも公表しないと公正さを欠くのではないかと思う。それにしてもどことなく気品を感じる。

●川東運営委所属6台がそのまま東側に撥ねると、下郷・又野・松神子運営委所属の3台が駅前ロータリーに入れる。ここは坂が長く落とさないで入れるのは困難を伴う。人が少ないとかなり苦しい。 

●坂道の途中の建物には神社が出張してきていた。この姿は初めて見る。

●多喜浜駅前から山端広場を目指して歩く。同趣のファンも多く、良い連携プレーだ。法泉寺付近から町方面に走る人多数あり、走る先には半裸の浮島太鼓台、その西先には同姿の宇高太鼓台。浮島路と神社裏の二手に分かれ、神社前対決必至の様相。これは境内を走るしかないと判断した西園寺穂純は、塀を乗り越えようと試みるも敢え無く失敗。見事に肩から地面に転落、肩と腰を強打し、手に擦り傷多数。喧嘩寸前の様相は西園寺穂純の気分を40年前に戻してしまった。体力の衰えも知ってはいるが、異様な雰囲気はそれを忘れさせるに十分過ぎたのか。

●この後、八旛西で衝突するも5〜6回突いただけでけが人発生のため終了。ここで西園寺穂純の祭りも終了。すごすごと松山へ帰り、18日は真面目な顔して仕事をした。

(231031新規上梓)

太鼓館巻頭へ 1153a