太鼓館 西園寺穂純
プライベートルーム
西園寺穂純の新居浜太鼓祭り回想録(31)

平成21年 16(金)17(土)18(日)

●今年は忌中につき祭りは出来ません。祭りが近くなっても全然心が揺れ動きません。父親の死は、祭り好きの西園寺穂純をしてもかくの如きなのでありますから、本当に人の心を悲しませているのです。あと何年生きられるか分かりませんが、少なくともあと2回はこういう思いをしなければならない可能性があります。祭りが出来る時は、その喜びを噛みしめたいものだと実感しています。 

 

●公式回想録は以上です。以下は妄想か現かビデオ観戦か。

●17日は土曜日で、仕事は休みです。忌中とは言えども中日は神事とは関係ないし、まあ良いではないですか。天気も回復基調だ、祭りが私を呼んでいる。さて、昨日の八旛神社氏詣りで澤津太鼓台が他の太鼓台とは別行動をとったとの情報をインターネットで仕入れていました。情報では、澤津は喧嘩する。時は労災前統一行動より前、場所は喫茶ピエロの巣あたりでというのが有力でした。相手はもちろん本郷です。

●運営委員会発表の予定時刻では、河川敷かきくらべは午前10時半。すると、件の場所へは午前10時10分ぐらいか。しかし、衝突場所が下原バス停付近やたまもタクシー交差点になる可能性もある。時間的に下原には間に合わない。私は午前9時半ぐらいに労災前から沢津に入りましたが、何ともう既に太鼓が来ているではないか。早い、早いどころか西沢津バス停付近では澤津が1台で飾りを外している。早く来て良かった。車を捨て、西沢津のファミマ三叉路に立つと、高津保育園入口三叉路近くには、松乃木、宇高などが止まっているのが見える。更に東方を眺むれば、たまもタクシー交差点北側から喧嘩スタイルの太鼓台が勢いよく出て来ました。黒法被なので本郷に違いありません。

●喧嘩前の2台の太鼓台の間に佇み、東西に変わりべんたに首を振る。丁度良い距離感、これから起こりうる様々な光景を思い浮かべ、刻一刻その時が来るのを待ちます。これぞ幸せの絶頂感、出来ることなればこの時間がもう少しだけ続いて欲しい。

●澤津は本郷が出てきたのを確認すると、更に西方に引きます。なるほどピエロの巣になりました。両者は近づくとどれほど見合うことも無く、ぶつかりました。お互いの棒が低めに決まって綺麗な立ち合いです。第2撃、第3撃と続きます。

●ここで本郷が奇妙な振る舞いを行います。何と台場から鳴りもの太鼓を浮かせています。こ、この動きはトキ。本郷の鎧に異変が生じたのであろうということは容易に想像できます。私は、鳴り太鼓を重に上げて応戦する作戦を取ろうとしているのではないかと考えました。昭和39年に町太鼓台が八旛東付近で見せた太鼓を重で叩くという作戦です。しかし、そうではありませんでした。結局は元の台場に収まりますが、暫くの間は浮いたままになっていました。これを澤津が見逃すわけもありません。浮いた太鼓狙いの攻撃が続きました。お互い定石通りの基本的な動きが出来ています。

●続いての見せ場は、労災病院入口付近です。両者は組んだままなかなか離れませんでした。依然として本郷の鎧の状態が不調なようです。突き押しをしたい澤津に組み手を外せない本郷です。四つに組んだ取り組みは素人目にはつまらないかもしれませんが、これとて見どころ一杯です。接近戦を続ける本郷に、澤津が取った手法は捻り作戦です。躯体を捻って相手方に圧力をかけます。澤津太鼓台の体が労災病院入口に大きく振れます。今年は珍しいものを見せてもらった。太鼓浮かしや捻り、こうした技の類も将来に伝えられるのだろう。

●垣生以外の場所で仕掛けたかった本郷、一昨年の復讐を希望した澤津、両者の思惑が一致して2日目午前10時前の開戦ということになったのでしょうが、ここは両者黒星。何とか3日目午後に出来なかったものか。それにしても河川敷公園統一行動までオールストップとはどうしたことか。

●喧嘩中、松乃木と町はファミマ駐車場で仲良く並んで待機。宇高、東雲、浮嶋、山端は高津保育園入り口の路上で順に待機していた。終了後、各太鼓台は帰途についたが、松の木自治会館前で松の木町内を逆戻りした山端とたまもタクシー交差点を北進した松乃木が遭遇した。少しドキドキした。

●今年の祭りはこれで終わりです。

●ビデオ観戦中、どうしても我慢ならない場面に遭遇してしまった。世の中には絶対にしてはならないことがある。既に世間からは厳しい批判を受けているだろうが、敢えて西園寺穂純の回想録にも留め置き、太鼓台運営に関わる者の戒めとしていただきたい。それは、最終日の八旛神社、まだ本殿回りを済ませていないのに他太鼓台に持って行った太鼓台があったことである。もとより神事とお楽しみとは別。神事が厳かならばこそ賑わいも多かろうというものだ。

(211114単発上梓)
(211228追記上梓)

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