太鼓館 西正寺穂純
プライベートルーム
新居浜太鼓祭り回想録(10)

平成3年 16(水)17(木)18(金)

●この年も一つの節目の年でした。何と川東運営委員会から、澤津・宇高・町・本郷・山端の八幡氏子の太鼓台5台が集団脱退し、町から浮島が分離独立して浮島太鼓台を新営して計6台で川東西部地区運営委員会を組織して独自の行動を行うというものでした。川東運営委員会の組織は残ったままであり、川東西部に対して川東東部などと言わないのはこのためです。ケンカは避けなければならない。死者を出すような大ゲンカならば尚更です。新組織の設営は当時としてはやむを得ない措置だったのかも知れません。ケンカはなくなりましたが、とにかく面白くなくなってしまいました。台数が少くなり行動範囲も狭くなりました。一つの場所に居たのでは見慣れた神郷・多喜浜の太鼓台も見えません。何とかならないものでしょうか。

●浮島の幕はなかなかの出来映えであると思います。布団締めも分厚く、幕には他所にはない新しい図柄が縫われています。法被と貫きの色は緑ですが少し青味がかっていて、岸影のエメラルドとも一寸違う何とも言えない色合いでした。これは親部落の宇高と親太鼓の町のシンボルカラーに敬意を表してのことでしょう。括りの巻きの色は黄色で、これは町も宇高も黄色で文句なしです。

●新居浜祭りはつまらなくなりましたが、 この年は私の研究に新しいぺージが加わった年でもありました。坂出遠征を開始したのです。坂出にも新居浜太鼓が沢山嫁入りしていることはデイリースポーツの記事などで知っていたのですが、もうそれを見たくて見たくて仕方なくなってしまったのです。新しい太鼓台はもう見飽きた、古い幕を見てみたいそんな一心です。一寸普通の太鼓台ファンとは違うぞよという気持ちもあります。坂出の本祭りも新居浜と同じ10月です。坂出も統合前の新居浜同様地区毎に日程が違うので困ったなと思っていたら、うまい具合に8月の夏祭りに1日だけ市内全地域から有志の太鼓台が出るのだという情報を掴みました。

●坂出市役所に電話で日程を確認してJRで出かけました。平成3年8月4日のことです。この時も写真に納めましたが全部で9台写っています。東梶(ひがしかん)・川津・濱中・新浜・内濱・鳥若・元町・御供所・旭町北の各太鼓台です。坂出の太鼓台は全く新居浜スタイルのものとそうでないものがあります。2本担き棒に横木を沢山つけたものが若干あります。新浜と旭町北などがそうです。聞くところによると昔からある所は2本担き棒に横木のスタイルで、最近導入した所は新居浜スタイルなのだそうです。

●東梶太鼓台は旧新田(金子)太鼓台で、濱中太鼓台は旧岸之下太鼓台でした。新浜は先々代の田之上太鼓台だそうです。驚いたのは川津太鼓台で、高欄幕に虎が居ます。これは岸影太鼓台そのものではないですか。掛け声も変っていて「止った。サシマショ。世の中!ァ見事にせー」と舁くのです。こんな掛け声で良く舁けるなと思いますが不思議と見事に担いていました。東梶と川津の太鼓台には新居浜から新田と岸影から応援舁き夫が30人ぐらいずつ参加しており、場内アナウンスでも紹介されていました。「何だ新居浜から応援が来ているのか。それで舁くのがうまいのか」と納得していました。あろうことか東梶濱中が舁き比べの最中に棒が向き合いました。双方の重からロープが飛び出すなどしましたが直ぐにおさまりました。それでも予想外のケンカモードには私も思わず興奮してしまい、十分な満足感を味わいました。

それにしても見物客の中に新居浜弁が飛びかい、駐車場は愛媛ナンバーだらけ、かなりの数の新居浜人が見に来ていました。新居浜人の夏の楽しみは坂出で太鼓台を見ることが主流になる日も近いと思います。

 

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